2002年夏期研修会 抄録

【教育講演】
   頭頂葉と運動 −運動制御にかかわる脳のメカニズム−  泰羅 雅登 先生 日本大学医学部 第一生理学教室 
   
【一般演題】
1. 前頭葉内側面損傷患者の歩行障害について
                           村山尊司(千葉県千葉リハビリテーションセンター PT)

2. 随意運動を抑制するような課題が運動再現性の変化に与える影響
                           竹村 俊一(京都大学医療技術短期大学部 PT

3. 歩行時における注意障害の一考察
                                 増田 司(東京都リハビリテーション病院 PT

4. 左半側空間無視を呈した二症例に対する作業療法
                            梶 直美(財務省印刷局東京病院 OT

5. 左側頭葉前方部皮質下出血例の急性期における経験
                            若林 俊夫昭和大学病院 PT




【特別講演 】


頭頂葉と運動−運動制御にかかわる脳のメカニズム−


泰羅 雅登
日本大学医学部 第一生理学教室 


 いうまでもないことであるが,リハビリの現場での患者さんの症状は多種多彩である.これらを系統だってまとめ,それぞれの症例に対する処方箋と予後予測についてのマニュアルがあれば便利なことは言うまでもない.現実として可能であろうか? 現場で出会う患者さんの症状には同じような症状であってもその成因が違うことはいくらでもある.前記のようなマニュアル(マニュアルの是非,現実性は別にして)作りは,神経心理学の世界がそうであったように,常に症状の成因(脳障害)を頭において,個々の複雑な症状を眺める(分析する)ことから始まる.「症状の成因を頭に」と書いたけれど,どこに病変があるというだけでなく,さらに,そこが何をしているのかの理解があれば,マニュアル作りとまではいかないけれど,自分の知識と経験の体系化,理解の手助けになるであろう.脳のそれぞれの領域の機能については,数え切れない研究・知見があるが,それらが矛盾なくきちんと系統だっているかというと必ずしもそうではない.だから,個々の症例について,その損傷部位の機能との関係ですっきり納得のいく説明ができる例は多くないだろう.逆に,臨床的な立場から機能を探ることができる可能性は大いにある.本公演では,運動発現,制御にかかわる脳機能についての神経生理学の領域での現在の考え方をお話して,実際に患者さんに接している皆さんが患者さんを理解されるときの手助けになればと考えている.


【一般演題】


1. 前頭葉内側面損傷患者の歩行障害について


                    ○ 村山尊司1),高杉潤1),石原未来1),宮本晴見1),沼田憲治2)
                    1) 千葉リハビリテーションセンター
                    2) 昭和大学医療保健学部

 歩行失行はGerstmann(1926)らにより初めて提唱された概念である.臨床的特徴として柳澤ら(1993)は@つま先が床に張り付いたまま足をがくがく交互に動かす,A高度の平衡障害があり後方に倒れやすい,B歩行以外の下肢運動は十分な力で正常に行えることなどを示している.歩行失行の発現にDenny-Brown(1958)はfoot grasp reflex,Gegenhaltenの存在,Meyer(1960)は抽象的動作開始の障害を重視した.病巣は前頭葉内側面,特に補足運動野(SMA)が重要視されている(S Della, 2001.Knutssonら,1985.Kubaら, 2002.).
 今回紹介する症例は脳梗塞(右内頚動脈,右前大脳動領域)患者2例で,歩行障害を認めた.下肢の運動麻痺,感覚障害は軽度で,歩行場面以外での下肢運動性はある程度保たれていた.歩行障害の特徴は歩行開始困難やshort stepで,歩行(悪化)時に麻痺側下肢筋トーヌスの異常な亢進を認めた.また,内省報告から「足を出そうとしても出せない」,「足が床にくっつく感じがある」との発言が聞かれた.病巣は両例とも右前頭葉内側面(一次運動野,SMA,前部帯状回など)に損傷がみられた.これら歩行時の臨床症状,内省報告,病巣所見から本例の歩行障害は歩行失行に近似したものと推察された.

2.頭随意運動を抑制するような課題が運動再現性の変化に与える影響

                    ○ 竹村俊一1),小野剛2),高橋幸治2),成田知弘2),青木千津2),平井邦子2)
                    1) 京都大学医療技術短期大学部理学療法学科
                    2) 大道会ボバース記念病院

 脳卒中をはじめとする中枢神経系に障害を持つ患者にとって,運動の方向を再学習することは,機能の獲得にとって重要な課題である.Classenらは,経頭蓋磁気刺激(TMS)を使用して,健常人でも単純な運動を繰り返すだけで,運動の再現性(第一次運動野の神経細胞がもつ運動の方向性)が変化することを示した(1998).セラピストが促す治療の背景にも,このような変化があると考えられる.ではどのような治療が,患者の運動再現性の変化に影響を与えるのであろうか.今回,4人の健常人を対象に,以下の課題による運動を行わせ,運動再現性の変化にどのような影響を与えるかを比較した.課題とする運動は,1)メトロノームに合わせた拇指の単純な反復運動,2)メトロノームを追った拇指の反復運動で,不定期(1/4回の頻度)に音を止めその時は運動を行わない,というものである.両課題ともに促す運動の方向はTMSで誘発された方向の180度逆である.結果として,1)2)ともに,課題とした運動方向に再現性が変化した.しかし1)に比較して2)では,運動再現性の方向が課題運動前に戻るまでの時間が短かった.高次運動野からの抑制の効果が影響していると考えられた.


3.歩行時における注意障害の一考察

                     ○ 増田司1),平野正仁1),吉村茂和1),中島恵美1),牛場潤一2),奥俊介2),長野彩知子2)
                     1)東京都リハビリテーション病院
                     2)慶応義塾大学大学院 理工学研究科基礎理工学専攻

 脳損傷後に運動療法によって運動機能が改善してきたにもかかわらず,注意機能が低下して日常生活が困難となる症例は数多くみられる.その中でも机上における注意障害や空間認知検査において顕著な異常を認めないにもかかわらず,特に歩行中「障害物にぶつかる」「注意がそれると不安定になる」などの症状により監視が必要な症例を経験することがある.このような症例が実用的な歩行を獲得するためには,動作を遂行しながら,周辺環境からの情報を処理して保続させることが必要となる.すなわち,「歩く」ということの運動課題と「注意を払う」ということの認知課題の同時処理を求められる.しかし,歩行練習の場面において単に歩行を行うことが中心となり,2つの課題の同時処理という問題に対しての具体的なアプローチが行われた報告は少ない.
 今回は脳損傷後,左片麻痺を呈した患者で注意障害によって歩行自立困難となっている症例を対象として,歩行時における注意障害に着目してDual Taskを取り入れた練習を行った.その結果,歩行時における注意機能の変化について若干の考察を加えて報告する.



4.左半側空間無視を呈した二症例に対する作業療法

                         ○ 梶 直美      財務省印刷局東京病院

 今回,機能障害・活動制限・参加制約が類似し,ADLは自立しているが,自宅退院後のQOLに差が生じたと思われる半側無視(以下USN)を呈する二症例を経験した.そしてAPDL及び職業に関する評価・訓練が達成できた症例と達成できなかった症例に分かれたため,その二症例を紹介し,相違点に関して若干の考察を加える.
 症例1:54歳,女性,右大脳基底核出血,開頭手術施行し,2週間後からリハビリ開始.発症4ヶ月後当院転院し作業療法開始.左廃用手.コースIQ54,HDS-R 26点.
 症例2:50歳,女性,右中大脳動脈梗塞,保存的治療.2週間後からリハビリ開始.発症3ヶ月後当院転院し作業療法開始.左廃用手.コースIQ51,HDS-R 28点.
机上検査上の高次脳障害:症例1は軽度注意障害,軽度構成障害.症例2は重度USN.
 
考察:Weinbergらの視空間認知障害の三類型によると,症例1は単純な課題では左USNは出現しないが,複雑な課題では左視野の不注意が出現するタイプで,症例2は半盲に伴い左から右への視覚探索の重大な障害を認める最も基本的タイプであると思われた.


5.左側頭葉前方部皮質下出血例の急性期における経験

                              ○ 若林俊夫1),沼田憲治2),水間正澄1)
                              1)昭和大学病院
                              2)昭和大学医療保険学部

 左側頭葉前方部皮質下出血により,発症初期にKluver Bucy症候群の症状を示す症例のリハビリテーションを経験した.症例は年齢55歳,男性.平成14年6月15日意識障害にて発症,当院救急センターに搬送される.同日のCT所見では左側頭葉前方部皮質下の出血巣と脳室穿破が認められた.6月22日右内頚動脈Clipping術施行.7月2日Bed Sideにてリハ開始となる.訓練開始当初は,尿、便失禁,保続,全失語〜重度感覚性失語,右USNなどの他に,物体失認,口唇傾向,短期記憶障害,過食傾向,感情の平板化などKluver Bucy症候群を示す症状が認められた.B-StageはX〜W,基本動作は監視〜軽介助で比較的良好であった.本症候群に伴うリハ上の問題点は,短期記憶障害のため動作手順の学習が困難であったこと,物品使用の困難性などであった.リハ後期には本症状の他,保続を除く高次脳機能障害やADLが大きく改善した.
 Kluver Bucy症候群は両側の扁桃体の障害によって発現することが報告されている.本症例は一側障害でその症状を示すものであった.しかし,一側の障害では比較的軽度な症状であり,意識水準の改善に伴い症状の軽減を見るものであった.発表では本症例の約2ヶ月間のリハ施行期間における変化とリハ上の問題や工夫について詳しく報告する.